ロウダに手を引かれ足を踏み入れたそのお店は、褪せた青色の壁に落ち着きのある家具が並べられた小部屋を思わせるものだった。小さな店内には作り付けの棚や見慣れぬ家具に様々な種類の茶葉と焼き菓子の缶などが並べられている。

 案内をする傍ら開店の準備をすると言ったロウダに、シロは昨夜のお礼にと手伝いを申し出た。おそらく客人に対しそんな事を望む人ではないとわかっていたけれど、何も渡すものを持たないシロはどうしても感謝の思いを形にしたかったのだ。
 ロウダは最初思案するようにしていたが、そんなシロの心をわかってくれたのだろう。ではお言葉に甘えましてお手伝いをお願いしますと、そう笑ってシロの心をとかしてくれた。

 壁面に作られた戸棚の上の商品を手に取り、シロはひとつひとつ丁寧に磨いていく。毎日欠かさず手入れをしている為か埃もほとんど見られないのだが、そうする事でお客様をお迎えする心の準備をしているのだと不思議そうな顔のシロにロウダが教えてくれる。
 シロはしげしげと手の中のものを見ながら、ロウダのその言葉になるほどとうなづいて次の品物へと手を伸ばしていった。

 黙々と作業をしながらふとロウダを見てみると、彼は店の真ん中に置かれているカウンターでその日の予定を確認している。その手元には伝票のようなものから郵便物まで様々なものが見てとれた。
 シロは作業をしながらもそれを見ていて、ふと…とある事に気が付いてロウダの隣に駆け寄る。
 自分の手元を一心に見て何か驚いている様子のシロにロウダもその作業の手を止めて。

「シロさん、何か気になることがございましたか?」

「いえ…あの…。…はい、実はこの手紙…ですよね、これが気になってしまって…」

 そう言ってシロはロウダが仕分けていたものの中からひとつの郵便物を指差した。仕事の邪魔をしてしまっているのは百も承知だったけれど、今のシロにとって手紙は唯一の手がかりだ。他の何を差し置いても…というその気持ちを抑える事はできない。

 机の上にあるものには「シロの持つ封筒」と同じものは無く、かといって切手の付いた…自分の良く知る「手紙」というものも不思議な事に見当たらない。

----どうしてだろう…。確かに手紙だと思うのに…。

シロがその事をロウダに尋ねると彼は何という事も無いように答えてくれた。

「それは、これが郵便局を通さずにここに直接届けられたものだからです。ビエラの街は広いですが移動がとても便利なので、この街の誰かに届けたい時は自分で行くかトロッコにお願いする事が多いですね」

「ロウダさん、今郵便局と言いましたか?この街にも郵便局はあるのですか?」

 探し歩いていたものの名前を聞いて思わず彼の服の袖にしがみつく。その余りの反応に驚きつつも、ロウダは努めて穏やかな声音で答える。けれどその眼鏡の奥の瞳がどこか小さく揺らめいて…。

「…正確にはこの島、トゥーレにある唯一の郵便局から届く特別な手紙を集めた集配局ですが、勿論ありますよ。便宜上わかりやすいので私たちは郵便局と言っておりますが…」

「トゥーレ…それがこの世界の名前…?」

「………ご存知ではなかったのですか」

 そしてロウダの気がかりは確信へと変わっていく。けれどその答えは希望と共に恐れをはらむものだ。驚きと嬉しさに気を取られ彼の動揺に気が付かない目の前の小さな存在に、ロウダは自分が至った答えを果たして伝える事ができるだろうかと思う。

----ましてシロさんはこの世界の名を知らなかったのですから…

「いえあの…はい…。でも、郵便局…。でも…でもそうなのですか…ちゃんと…ちゃんとどこかにあるんですね。実は昨日探し歩いたのですが見つける事ができなかったんです。それを聞いて安心しました…」

 シロは心底嬉しそうに言うと、手がかりを得られた事に心からロウダに感謝した。
 旅人であるシロがこの街に来て直ぐ郵便局を探している事自体にそこまでの不思議…不自然さはない。けれど、シロが殊更に特殊な存在である事に気づいてしまった以上無かった事にもできはしない。

 けれどロウダ自身にも本当の意味でのシロの答えはわからないのだ。わかるのは、ただひたむきに何かを求めるシロの姿と、そのまっさらな心。その存在のあやうさだけだ。

----こんな時、「あなた」なら迷ったりなどしないのでしょう

 そう心の中で大切な人の笑顔を思い浮かべると、小さくひとつ息をしてロウダは未だ揺れる瞳のシロに問いかけた。


「シロさん、もしや何かお困りの事があるのではないですか?シロさんはこの街にお着きになったばかりですし、私に何かできる事があれば力になりたいのですが…」

「そんな、これ以上ご迷惑をかけるわけには…」

 シロはそう言いかけて、じっと自分をやさしく見つめるロウダの目にその先を続ける事ができなかった。
 明日の寝床もわからぬ自分がいつまでこうしてビエラの街を探していられるのかはわからない。勿論あきらめるつもりは無いけれど、時間が過ぎる程にシロの体力も心も失われていく事は明らかだった。

 何より、シロは早く走っていきたかった。自分をシロと名付けてくれたその人が待つ場所へと。


 シロは、ぐっと何かを飲み込むように心を決めると、ロウダに今は何も入っていない封筒を差し出し今までの事を話し始めた。





 「手紙の差出人を探しているのですか?」
 「はい、僕にとっては何よりも大切な手紙なんです」

 あれ程誰にも打ち明けようとしなかったシロをそうさせたのは、ロウダのその静かであたたかなやさしさだった。自分が何と言わずとも差し伸べてくれた手がそうであるように、彼は、シロがどんな事を話しても、夜当たり前に灯すろうそくの火のように、静かに、穏やかに受け止めてくれる人だとシロには思えたのだ。

 シロの言葉を聞くと、ロウダは手を止めて差し出された封筒を受け取ってくれた。
 しばらく手伝いの手を止めてしまっていた事に気が付いたシロは、手渡すと今度は床の掃除を始める。床板の目に逆らわないように気をつけながら、最初からその封筒には宛先も差出人も何も書かれていなかった事を伝える。

 「中には一枚だけ手紙があったのですが、それは汽車を降りる時に渡してしまったので、今僕の手元にあるのはその封筒だけなんです」

 「なるほど、だから中身が無いのですね」

 シロの言葉を確かめる様にロウダは封筒を開いてみたが、やはりそこには何も入ってはおらず、僅かに残る石の欠片の重みだけがただ感じられるだけだった。

 「シロさんはこの手紙を郵便局に持って行って何か手がかりを得ようとしたのですね」
 聞かされた内容から、なるほどそれであんなにもと、ロウダは先程のシロの只ならぬ様子を理解する。

「とても変わった封筒だったので、聞けば何かわかるかと…。ですが、その場所自体を見つける事ができないまま昨夜はあんな事になってしまって…」


 「なるほど、よくわかりました。…ですが、シロさん」
 ロウダはそこで一度言葉を止める。封筒から目を上げると、それをシロの手に丁寧に戻しながら、もどかし気な顔を隠さずに言う。

 「これは、この街の郵便局では扱えない特別な手紙です。ここに小さな石があるでしょう?」
 シロの手に握られた封筒の石を指し、ロウダはそれが特別な所でしか発行されないものだと告げる。そしてそれは、このビエラの街とは別の所にあると知らされたシロは余りの事に言葉を無くしてしまった。その表情にいたたまれなさを感じつつも、ロウダはシロにありのままの事を伝える。

 「その場所へはあの汽車に乗る事でしか行く事ができません。そしてあの汽車は望めば誰もが乗車できるものでは無いのです。汽車がその者に求めた対価を持つ時にのみ、扉が開くのだと言われています。そしてそれが何なのかという事も誰にも分らないのだそうです」

 それはつまり、この封筒だけを残しここへ降り立った何も持たない今のシロは、あの汽車に乗る資格が無いと言われているようなものだった。それとも、このたったひとつの封筒がその汽車の望む対価となりえるのだろうか。
 けれどもそんな事をしたら、仮に汽車に乗れたとしてもたどり着いたその場所で自分は今度こそ何も持たない者になってしまう。それでどうやってシロは自分を、その大切な人との繋がりを証明できるというのだろう。

 この大切な最後の手がかりを手放す事は決してしてはならない。シロにはできない。


 ようやく見つけたと思ったこの先への道が、急に音を立てて見えなくなっていくようだった。誰にも分らないというその対価を見つける事ができるまでどれだけの時間がかかるのか。それを考えただけでもシロは自分の心が耐えられないと震えているのがわかった。

 置いて行かれた子供のように立ち尽くしているシロをロウダが言葉も無く見つめている。

 小さな窓の向こう、時折通りを過ぎていく人影だけが時を刻んでいるようだった。



 「シロさん」
 すると、ロウダがどこか声を抑えながらシロの名前を呼んだ。

 「シロさんは、先程自分はあの汽車に乗ってきたと私に話してくれましたよね。その時に手紙の中身を渡したのだと」
 「…はい、そう…ですが」

 シロは一瞬聞かれた事の意味がわからず直ぐに返事ができなかったが、そういえばロウダには倒れる前の事を余り話していなかったかと急いでその事を彼に伝える。記憶が無い事はさすがに言えなかったが、シロが汽車でここへ来たのは紛れも無い事実だからだ。
 それを確かめると、ロウダはまた少し何かを考えてから、穏やかな声で、けれど真剣な眼差しでシロの瞳を見つめた。そして今から自分が語る事は自身の願いも込められたひとつの可能性でしかないものだと伝える。

----そう、これは、そうであればいい、そうであって欲しいという自身の一方的な願いでしかない。けれどそれが叶えられないと知った時、私は最後の光さえも失うのでしょう

 けれどシロがロウダの言葉を信じてあきらめない事が、その祈りにも似た可能性に近づくものだと自分は信じていると。

 「あの汽車に乗ってシロさんがここに来た事には、おそらく何か意味があるのです。あの汽車はそう言った何かを背負っている者だけが乗る事ができる特別なものだと聞いています。つまり、シロさんはこのビエラでまだできる事があるはずなんです。あきらめてはいけません。ですから、シロさん、いかがでしょう。この店をあなたの仮の家として、やるべき事、探し物を見つけてみては。シロさんが良ければ私は大歓迎です。」

 そう言ってロウダはカウンターから足を進める。
シロは思いもよらない言葉に戸惑い、その黒い瞳は揺れている。けれど、様々な時を吸い込んだ床板がゆったりと進む彼の踵の音を柔らかく響かせて、開く扉に手をかけてもう一度、ロウダはシロを振り返る。

 「…そろそろ開店の時間です。シロさん、私を信じてみませんか?」
 そう言って手をシロの方へと向けながら、彼は微笑みながら待っている。

 差し出された指先を見つめながら、シロはぎゅっと手を握りしめていた。泣き出してしまいそうな感情をこらえて笑わなければと懸命に耐える。

----そんな風に言ってくれる人の手を…誰が取らないだろう

 彼の言葉を信じる事が今の自分にできる事。それはシロが信じないとは言わないと彼自身が信じているからこその言葉だろう。
 そうしてロウダはシロを守ってくれたのだ。シロが自分に負い目を感じても決して断る事ができないようにと。

 自分と彼を引き合わせてくれた誰かに、何かにシロは心の底から感謝した。


 心を決めて顔を上げると、よろしくお願いしますと笑顔で答える。

 こちらこそと、ほほ笑み扉を開けるロウダを追いかけシロは陽の差し込む路地裏へと駆け出した。


 すると、「おや、どうやらお客様もお待ちかねのようですね」
 と、ロウダがそれは嬉しそうにつぶやく。


 あたたかな陽を受けた店先には、一匹の黒い猫がその身を赤い煉瓦に横たえまどろんでいた。






    いつもの様に通りの入口に向けてトロッコを走らせていたルカシュは、目印である黒い街灯を見つけ頭上の太陽を見ると、そろそろ休憩にしようかと運転するレバーの動きを緩やかなものに変えた。
 朝から主に配達の依頼をいくつかこなし、ちょうど少し前に常連の客を降ろして仕事も一区切りついたところだ。最後にひと漕ぎレバーを動かすと、トロッコは惰性のみでゆっくりと元の位置へと進んでいく。

 するとルカシュは街灯の下のベンチにあの黒い猫が座っているのに気が付いた。朝は姿が見えなかったが、いつの間にかそこに来たのか、昨日シロと共にいた時と同じ姿で何をするでもなくそこにいる。
 カラカラと響いてきた車輪の音が気になったのか、彼はこちらを振り向くとルカシュに気づいたようだった。ルカシュはトロッコを止めると小さく手を上げて声をかける。

 「また会ったな、黒猫さん」

 ルカシュにとって一度知り合えた者への挨拶は至って普通の事である。それは相手が人でも猫でも目に映らぬものでも変わらない。
 けれど黒猫はその異なる左右の瞳にルカシュをしばらく映しただけで直ぐに元の姿勢に戻ってしまう。彼の横へとルカシュが腰をおろしても全く気にする様子も無かった。
 ルカシュがしばらくの間見ていても、微動だにせず前を見ている姿に感心していると、ふいに、黒猫が汽車の走る大通りの方へと顔を向けた。ルカシュもつられてそちらを見ると、こちらに向かって歩いてくる人に気が付く。

 「シロっ」
 その姿を見てルカシュは高く手を上げる。席を立ち、彼らを導くように大きく手を振って名前を呼んだ。

 それはルカシュが朝から気にかけていた、あの少年だった。

----…?あの人は確か…

    隣を歩く見覚えのある長身の男性は、確か五番街にある紅茶店の店主だとルカシュはその知識の引き出しを開く。そんな彼の様子には気づかず、シロは嬉しそうにルカシュに走り寄ってきた。昨日とは違い、今日はやわらかな白の服を着ている。

 「おはようございます、ルカシュ。昨日は本当にありがとうございました」
 ベンチの前に着くなりシロはそう言うと深々と頭を下げる。

 「別にそんな頭を下げてもらう事してないって。だけど会えて良かった。あれからどうしたのかって実は心配してたんだ」

 シロはそのルカシュの言葉に彼のやさしさを感じてもう一度短く感謝を述べる。けれどルカシュは、自分の方をまだまだ言い足りないとばかりの瞳で見つめ、いつまでも頭を下げそうなシロを察すると、わざとシロの隣で穏やかに微笑む人へと話題を移し彼に自然な流れで助けを求める。

 「ところでシロ、どうして紅茶屋の店主と一緒にいるんだ?」

 ルカシュとしても思いがけない人物がシロと共にいる事に単純に興味があったのだ。するとシロは慌てたように彼の事を話そうとして、ふと、ルカシュの後ろに昨日の黒猫がいる事に気が付いた。
 不思議な色の瞳で自分をじっと見つめているのは、昨日あの汽車を見送りながら隣にいてくれた彼だ。その時の事を思い出してシロは思わず声をかけそうになるが、今は先ずルカシュの問いかけに答えなければと気持ちを落ち着かせる。

 ルカシュの言葉から察するに、付いてきてくれたロウダの事は既に知っているようだった。それを踏まえてシロは昨夜お世話になった事を彼に順を追って説明していく。
 けれどもシロは、あえてその中であの手紙にまつわる不確かな事には触れなかった。あくまで安心してシロが滞在できるようにとロウダが申し出てくれた事としてそれを伝える。
 それは、ここに来るまでの道すがらロウダと話して予め決めていた事だった。ルカシュを思うシロの気持ちを察してロウダもその方が良いと快く了解してくれている。

 「…それで、ご迷惑とは知りつつも、今日からロウダさんの所でお手伝いをしながらしばらくこのビエラで過ごす事にしたんです」

 シロはそう言うと嬉し気にロウダを見上げ、そして彼の腕に抱かれている黒猫のジジオの頭をそっとなでた。店先で穏やかに寝ていたこの黒猫の名を、ロウダはこの店と同じ名を持つ大切な人だと言って教えてくれた。
 ルカシュに会いに行くと言った自分を心配してふたりはわざわざここまで送ってくれたのだ。シロの話を聞いたルカシュは、それを聞いて安心したと笑っている。

 ロウダは直にルカシュに会ったのは初めてだと言ったが、店のある五番街のトロッコ使いから話は聞いたことがあるのだという。

 「このビエラで一番明るく元気なトロッコ使いはルカシュさんだと聞いております。お会いできて嬉しいです」
 「こちらこそ、あの密に有名な路地裏紅茶店の店主さんに会えて嬉しいですよ。シロがお世話になっているうちに、良ければ遊びに行かせて下さい」
 「はい、是非いらしてください。お待ちしております」

 そうしてロウダの快い返事を嬉し気に聞くと、ルカシュはその腕の中のジジオをなでようとして、ふと、その手を止めてロウダを見上げた。
 シロはどうしてか止まってしまったルカシュの手を不思議そうに見ていたが、彼の視線に気づいたロウダはそこに込められていたものに穏やかにうなづくと、またお会いできる事を楽しみにしていますと微笑んでゆっくりと大通りを帰っていく。
 そんな彼らをベンチに座り決して動かなかった異なる瞳が静かに後を追うように歩いて行った。



 彼と話せなかった事をシロはとても残念に思ったが、きっとまた会えるだろうと気持ちを切り替えルカシュへと持ってきたものを手渡すことにする。

 「食べさせていただいたものがとても美味しかったので、ルカシュにもあげたくて。昨日沢山の事を僕に教えてくれたお礼です」

 そう言ってシロはロウダの店に並んでいた焼き菓子の包みをルカシュに渡した。手作りだというそれはとてもやさしい美味しさで、そしてどこか懐かしい味のするクッキーだった。
 ルカシュは最初受け取れないと恐縮したが、シロのどうしてもという願いを断り切れず、後で大切に食べると言ってようやく包みを受け取ってくれた。これから昼食を取るので焼き菓子はおやつに食べてくれるそうだ。

 「それで、今日はこれからどこへ行くんだ?」

 「はい、夕方ロウダさんのお手伝いまで時間があるのでまた少し探し物をしたいんです。色々な種類の石や鉱石を売っているお店があれば行ってみたいのですが、ルカシュはご存知ですか?」

 ルカシュはそれを聞くと瞳を輝かせ少し誇らしげにこの四番街にあると言うと、自分も近くで食事をするからとシロを案内する事を申し出た。仕事の邪魔にならないのならルカシュと話せる事はとても嬉しい事だったので今度はシロも少しも迷うことなくお願いすることにする。

 相棒のトロッコをひと撫ですると、ルカシュはシロの手を引いてあざやかな通りへと歩いて行った。





 五番街に在る店へとゆっくりと帰り道を行くロウダは、誰に語るでもなく穏やかにつぶやいた。
 「彼は気づいたようでした。時には遠くまで足を運ぶのも悪くないものですね…」

 そんな彼の独り言をあたたかな腕の中でジジオだけがそっと目を閉じて聞いていた。